日本の刑事司法の問題 〜かみ合わない議論〜

  • 2020.02.02 Sunday
  • 11:53

 かみ合わない批判

 

 

 

 

この点はあまり多くを言いませんが、2020年1月9日の森法務大臣のコメントは、国際的批判に対し、全くかみ合った対応になっていません。

 

 

例えば以下のようなことが言われています。

 

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 峅罎国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために、適正な手続きを定めて適正に運用されている」

 

◆屬修發修盂胴颪侶沙司法制度は、様々な違いがある。例えば、被疑者の身柄拘束に関しては、ある国では広く無令状逮捕が認められているが、我が国では、現行犯等のごく一部の例外を除き無令状の逮捕はできず、捜査機関から独立した裁判官による審査を経て令状を得なければ捜査機関が逮捕することはできない。このように身柄拘束の間口を非常に狭く、厳格なものとしている。」

 

「刑事司法制度は各国の歴史や文化に基づき長期間にわたって形成されてきたものであり、各国の司法制度に一義的な優劣があるものではなく、刑事司法制度の是非は制度全体を見て評価すべきであり、その一部のみを切り取った批判はできない。」

 

ぁ嵜畔噌澗に関する不服申立て制度もあり、罪証隠滅の恐れがなければ妻との面会なども認められる。すべての刑事事件において、被告人に公平な裁判所による公開裁判を受ける権利が保障されている。」

 

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全体的に漠然としていて、何をもって「適正な手続き」であり、それが「適正に運用」されているのかは全く分かりません。国際的に何らの説得力もありません。

 

そのような点をおいておいたとしても、日本になされる国際社会からの批判は「日本では公平な裁判が行われない」ということであって、その前提として、「日本には武器対等の原則がない」ということがあります。

 

したがって、この批判に論理的に答えるのであれば、

 

1.日本には武器対等の原則があり、よって、公平な裁判が行われる。

 

⇒ この場合、何をもって弁護権が保障されているかを説明しなくてはいけません。

  上記い硫鹽だけでは不十分です。

 

2.あるいは、武器対等の原則に基づく公平な裁判の要請は欧米の要請であり、日本はそのような原則は取らない、と開き直る。

 

⇒ 禁じ手の文化相対主義ですが、△箸はそう読めなくもないです。

ただ、それを言いきってしまうことのリスクは大きすぎるため、何がいいたいのかよくわからない文章になっています。

 

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しかし、もしこの禁じ手を使わない以上、人権保障に関する欧米的スタンダードで物事を考える必要が出てきます。欧米的スタンダードを当然の前提として議論をしなくてはならないわけです。

 

そうすると、フランスと比べて見ただけでも、日本はフランスのスタンダードに及びません。

残念ながら、欧米スタンダードに従う以上は、日本の現状はそれに届かないものですから、日本の制度を肯定することは論理的に無理になってしまうわけです。

武器対等の原則が欧米スタンダードだったとしたら、武器対等にしていない時点ですでに公平な裁判がなされない、人権が保障されない、となってしまいます。

 

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欧米のスタンダードを否定せず、一方で日本は日本としている時点で話が噛み合っていません。

法務省はこのコメントを内向きにガス抜きのように出して、国際的な対応はあきらめているものかとも思いますが(英語版とフランス語版はあるにはあっても、日本語のページの下で、しかも「英語版」「フランス語版」という日本語をクリックしないと英語やフランス語のテキストに到達できません。。。)、このようなかみ合わない反論は、ますます日本に対する信頼をなくさせるもので、とても残念だと思います。

 

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もちろん、日本の法律がすべてダメなわけではなく、とりわけ訴訟段階においてはそれなりに弁護士が使える手続きもありますから、なす術がないわけではないです。公判だけを見れば、フランスより日本の方が手続き保障がなされているようにも見えたりします。

 

ただ、どうしても裁判の帰趨を決するのが現実的に捜査段階であるとすると、裁判段階で手続き保障がなされ、検察官と弁護士が対等だと言ってみたところで、スタートが訴追側と弁護側とで公平でない以上、公平な裁判がなされないと言われてしまうことは、避けがたいことでしょう。

 

などと考えては見るものの、実際のところ政府側の公式答弁は、国際的な正面から答えられないので、あえて論点を外して煙に巻いているだけという可能性も高いですが。。。

 

 

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以上、今回の事件と日本側の対応を通じて感じるのは、欧米スタンダードを明示的に拒否していない(国際社会的に無理)にもかかわらず、欧米スタンダードの理念が根付いていないという問題と、その理念を根付かせるためには個別の制度の改革は必要ですが、制度改革を導く一本の糸fil conducteurである公平、武器対等の原則という理念に立ち戻ることの重要性です。その上で、理念を現場の運用に委ねず明確に法制化するということが必要不可欠であると思います。

そしてまた、日本ではなぜこのような理念に関する議論が少ないのか、理念を元に思考することが少ないのかということも考えていきたいところです。