緊急事態と弁護士と弁護士会(続き)

  • 2020.04.23 Thursday
  • 22:12

 

弁護士会が国に対して申し立てた裁判は、弁護士会実質勝訴、と言えると思います。

 

たかがマスクかも知れません。

 

でもそれが、民主主義にとって重要な価値は何か、民主主義の国における自助努力と国の責任の線引きはどこにおくべきかという問題を提起するものともなりました。この点をめぐり、弁護士会が申立てた裁判(自由権保護緊急審理手続き)に対し、行政最高裁が判断を示しました。

 

今回は弁護士会の申立てなので、弁護士に対する保護をどうするべきかという点が論点でしたが、より一般的に、緊急事態下で国と個人(あるいはその他団体)の領域の線引きに関する問題提起は常になされていかなくてはならないというメッセージを伝えるものでもあるように思えます。

 

 

 

 

行政最高裁のホームページ

Covid-19に関連する申立てについての決定を掲載するページ

左下の法服の弁護士の写真が今回の判決を紹介する部分

 

***

 

2020年4月20日の判決で、弁護士の法廷活動に際して国に弁護士へのマスクの提供を義務付けるよう求めたパリ弁護士会とマルセイユ弁護士会の申立てに対し、行政最高裁は、弁護士は司法justiceを補助し、司法justiceという公役務に参画するものであるから、国は、弁護士が公務員ではなく民間の自由業であることを理由として、弁護活動における弁護士の健康の保護を拒否することはできない、と判断しました

 

結論としては、現実問題として必要な量のマスクがないため、国に対して弁護士へのマスク等の具体的な提供を義務付けることはできないとなりましたが、行政裁判所により、公務員ではない自由業であっても、弁護士は「司法の補助職auxiliaire de justice」であり、司法にとって不可欠であるから、国に弁護士(特に刑事弁護人)の健康に関する保護義務があると判断されたところは重要です。

 

これは、前の記事でご紹介した、緊急事態下の弁護士会の活動における、

 

 ヾ躓‥状況にあっても、国にとって根本的に重要な公役務として司法を位置づけることを求め、そして法治国家が蹂躙されることがないよう国に対し積極的に求めること。

 

の具体化になります。

 

弁護士会は、現状でも維持されなければならない重要な裁判対応を行うにあたって、マスク等の感染防止手段がない中で弁護士がその任務を果たさなければならないのは、弁護士や依頼者の命や健康を危険に晒すものであり、また、弁護士が弁護活動ができなくなった場合には、国民の裁判を受ける権利が侵害されると主張しました。裁判を受ける権利は、民主主義の根幹をなすものです。

 

そして、行政最高裁は、裁判が適切に機能するようにすることは国の責務であること、弁護士はこの司法を支えるものであり、国はそのために弁護士を守る責務を有することを明確にしました。

 

主文で敗訴となったのは、この手続きの技術的限界(暫定措置しか出せない事、現実に国家が有している手段に鑑みて、権利の侵害があっても政府の不作為が正当化されるか否かという判断)によるものですが、実質的な内容については、弁護士会は行政裁判所の判断を極めて高く評価しています。

 

マスクの入手は難しくとも、とりあえずマスクを入手して仕事のできる私たち日本人の弁護士との危機感は違うかも知れません。犠牲者の数もフランスの方が圧倒的に多いです。そのため、日本の感覚でいると、マスクの配布義務付けのための訴訟にいまいちピンとこないかも知れません。

 

しかし、重要なのは、この裁判では、国家的危機の状況にあって、現場で奮闘する弁護士の自助努力だけで司法を支えるのではなく、まさに国こそが司法の運営に責務を持つものであることを自覚させるための申立てであり、それを行政最高裁が受け止めたという象徴的な点にあると言えると思います。

 

【これまでの申立て】

 

弁護士会はこれまでも、人権擁護と法の支配の貫徹の観点から、行政最高裁に対し、以下のような申立てを行ってきました。

 

― 不法滞在者収容施設の閉鎖義務付けのための申立て

これは、感染の危険から収容者を守るために収容者の開放を求めるものです。

 

行政最高裁は、現在1800人の収容施設に152人しか滞在していないとし、また感染予防策が取られていることを理由として、申立てを棄却しました(3月27日)。

 

― 勾留期限の延長を定めた政令及び通達の適用停止の義務付けのための申立て

裁判官の決定なくして、勾留の期限の延長を行うことの違法性を問う申立てです。

 

行政最高裁は残念ながら、政令と通達は、基本的自由に対する重大かつ著しい違法性を有する侵害とはならないと判断しました(4月3日)。

 

― 身柄拘束をされている人の釈放及び刑事収容施設の衛生状況の改善を義務付けるための申立て

 

行政最高裁は、現在刑事収容施設では衛生状況が改善され、必要な措置は講じられているとして、申立てを棄却しました(4月8日)。

 

― 司法及び行政裁判における臨時措置の適用停止を義務付けるための申立て

 

これは、民事や行政事件におけるビデオ会議の使用や、保全手続きにおいて当事者呼出しを省略することを認めた政令の適用停止を求めるものですが、行政裁判所はいずれも棄却しました(4月10日)。

 

現在行政最高裁はその職責を果たしていないとして批判を浴びており、弁護士会や弁護士からの人権救済を目的として申立ても立て続けに棄却されてきました。

 

そしてようやくの4月20日の判決。

主文では弁護士会は負けたものの、実質的な勝利(緊急事態における国に対する弁護士の位置づけ)を勝ち取りました。

 

こうした流れを見てくると、緊急事態であっても、主張を行うこと、権利行使をやめないこと、「権利のための闘争」を差し控えないことの重要さを見て取ることができます。

 

この裁判の内容はざっと以下のとおりです。

 

 

 

実質勝訴を伝えるパリ弁護士会のfacebookのページ

毎回洒落てる

 

 

【裁判の当事者】

 

パリ弁護士会とマルセイユ弁護士会は、4月6日(マルセイユ弁護士会)、4月8日(パリ弁護士会)がそれぞれ、行政最高裁に対し、弁護士のため以下を政府に義務付けるよう、首相、厚生大臣、司法大臣を相手方とし、訴えを提起しました。

 

そのほか、弁護士会長連絡会、ヴァル・ド・マルヌ弁護士会、ヴェルサイユ弁護士会、フランス弁護士組合、全国弁護士会評議会(CNB)、オ・ド・セーヌ弁護士会、若手弁護士全国連盟が訴訟に参加しました。

 

【求めた内容】

 

裁判で求められた内容は以下のとおりです。

 

(マルセイユ弁護士会)

 

裁判所の命令により、弁護士が刑事弁護を行う場合に、弁護士に対して手袋、防護服、消毒ジェルを提供することを国に義務付け、実際に提供させること

 

(パリ弁護士会)

 

裁判所の命令により、国に対し以下を義務付けること:

 

― 生命に対する権利、弁護を受ける権利、司法の利用者のために弁護を行う権利の自由な行使、弁護士の十全なるミッションの遂行のために、必要となるあらゆる手段を講じること

 

― 警察署における逮捕時の接見、即時出頭手続き(※)のための裁判準備のための打ち合わせ、その他、依頼者の弁護のために弁護士の存在が必要とされる手続きの際に、マスク及び消毒ジェルを弁護士に提供すること

 

  • 即時出頭手続き procédure de comparution immédiate:一定の犯罪(短期2年以上の刑、現行犯の場合には短期6か月以上の刑)について、事実関係が明確で、詳細な捜査が不要な事案について、共和国検事正の決定で逮捕の日に裁判が行われるというもの。当日にできない場合には、勾留がなされるが、裁判期日は3日以内に開かれなければならないという迅速な手続き。刑事訴訟法典393条以下

 

【主張の根拠】

 

上記のような措置を講じなければならない理由は、以下にあると主張されました。

 

― コロナウイルスの蔓延の中で、弁護士はその弁護活動を行うにあたり極めて危険な状況に置かれていること

 

― そのような中で、司法省が「本質的な手続きprocédures essentielles」(裁判所閉鎖中も継続しなければならない重要な裁判)として指定する手続のために、弁護士が、依頼者を代理し、弁護するにあたり、必要な感染防止策が講じられていない状況が放置されることは、弁護士自身とその依頼者及びその関係者を危険に晒すものであり、生命への権利、健康への権利、自分の健康のために適切な対応を受ける権利に対する、重要かつ著しく違法な侵害となること

 

― 弁護士に対する必要な感染防止策が講じられないことは、そのミッションの遂行を阻害するものであり、公平な裁判を受ける権利、弁護を受ける権利、対審の裁判を受ける権利、黙秘権、弁護人依頼権・立会権を侵害するものであること

 

【政府の反論】

 

司法省は、弁護士に対して特段の措置を講じる必要はないとしましたが、その理由としては、

 

,垢任砲任る限りの措置(法廷で距離を取るなどの感染防止策)が講じられていること、マスクは全国的に足りていない事、

 

∧杆郢里聾務員ではなく、独立した自由業者であり、マスクの優先配布の権利はないこと

 

を主張していました。

 

【裁判所の判断とその重要性】

 

このような主張を受け、裁判所は当事者(各弁護士会、参加人、首相、厚生大臣、司法大臣の各代理人)を出頭させ、それぞれの言い分を聞いた後、裁判所は、以下のような判断をしました。

 

― 公役務が適切に機能するようにすることは、国の責任であること

 

― そのために、covid-19との戦いにおいては、感染防止のために、衛生的措置と人々の間に最低限の距離を保つよう、国が配慮していかなければならないこと

 

そして、その上での国の義務として、

 

― マスクが欠乏している現状においては、

  • 国はまずは使用者としてその雇用する者を保護する必要がある。公務員に対しては、雇用主として、健康を守るための特別の義務を国は負うこと

 

  • しかし、国は、司法justiceの補助職であり、司法justiceという公役務に参画する弁護士に対しては、弁護士自身がマスクを持っていない場合には、その供給網に弁護士がアクセスし、マスクを入手できるようにする義務を負うこと

 

  • 消毒ジェルについては、現在欠乏状態にはなく、弁護士自身がこれを入手することはできるが、そうであったとしても、国は必要に応じてこれを利用できる状況にしておく義務を負うこと

 

― しかし、緊急審理手続きは暫定的な処分しか命じることができないこと、現在国が講じることのできる手段が限られていることからすると、マスク等を国が提供できていないことは、行政裁判所により国に対する暫定的な命令を出す条件を満たさない。したがって、弁護士会の申立ては認められないこと

 

***

 

今回の申立てはこのようにして終了しました。

 

これを受けて、パリ弁護士会は、会として今後マスクと消毒ジェルを会員に提供していくとのことでした。

国の責務自体が明確にされた以上(しかし、実際に国に必要な枚数のマスクがない以上)、弁護士会が措置を講じたとしても、弁護士の自助努力として国が責任を否定することはできなくなったためです。このことは、申立の時点からパリ弁護士会は明確にしていました。

 

このように見てくると、この裁判の中で重要なのは、国や司法に対する弁護士の位置づけ自体に加え、司法に関して、その対応を、現場で奮闘する弁護士個々人の自己責任にしないこと、国にこそその責務を自覚させることだったと言えるでしょうそして、行政裁判所は、弁護士の自助努力のみで司法を支えさせることを否定しました。

パリ弁護士会も、判決に対するコメントで、弁護士が自由業だという理由で国による健康の保護を否定した司法省の主張が否定された、ということを強調しています。

 

こうした今回の案件は、結局のところ、緊急事態下、及びそれだけでなく国の責務はどこまで及ぶのかという点を正面から争った重要な事案として評価されるべきだと考えます。

国の責務と自助努力の線引きをどこで行うかということは、現実的には明らかでなく、このようにして積み重ねていくということもまた、よく分かります。

 

この点、日本では自助努力にあまりにも偏りすぎているように思います。

国にここまでの要求をするのかということは発想としてあまり出てこない感じもします。

 

一方、裁判手続きなど、国の三権の一角に参画する弁護士は、民主主義にとって不可欠なプロフェッションだという一貫したフランスの弁護士会の考え方からすると、その弁護士を国が放置することは民主主義の観点から看過できないと、なすべくしてなされた主張とも言えます。

 

考えなくてはならない点も多そうです。