フランスにおける検察官の独立と憲法

  • 2020.04.26 Sunday
  • 14:47

現在検察庁法の改正が問題になっています。

 

フランスでは、検察官の独立が憲法上の要請であるということ、また、検察官の独立をさらに強めるための憲法改正が準備されています。ご紹介します。

 

1.検察官の独立に関する憲法院の判断

 

フランスでは、検察官の独立が憲法上保障されているかどうかが問われた憲法裁判があります。2017年12月8日の憲法院判決(QPC)です。

この判断を求めたのは、司法官(裁判官と検察官を含むもの)組合連合 Union syndicale des magistratsです。

 

この裁判において、検察官について、1958年12月22日の政令第5条が、

 

「検察官はその階級上の上位者の指揮及び管理に服し、また、司法大臣の権威に服する。法廷において、弁論は自由である」

 

と定めているところ、この政令は、検察官を司法大臣の権威の下に置くものであり、憲法64条が定める司法官の独立を侵害するものであるとの主張がなされました。

 

また、この政令5条は、権力の分立を保障した、1789年人権宣言16条にも違反すると主張されました。

 

フランスでは、裁判官と検察官をあわせて「司法官」と称し、憲法64条が、司法権autorité judiciaireについて、「共和国大統領は、司法権の独立の保障者である」と謳っています。

この条文が司法官の独立の憲法上の根拠とされています。

 

独立性は裁判官にとってはより自明であるものの、検察官はその職務の特殊性から、「司法官」でありながら、独立は保障されないのではないかということが論点となりました。

 

 

 

 

この申立てに対して、憲法院は、

 

憲法は検察官の独立を保障する

 

しかし、その独立は、政府の有する権限と調和されなければならず、裁判官と同程度の保障を受けるものではない

 

と判断しました。

 

その上で、任命には、後述する司法官職高等評議会の意見が聴取されていること、司法大臣は、検察官の職務について、一般的な指揮権しかなく、個別の事案に介入することはできないとされていること、刑事訴訟法典に基づき、検察官は自由にその見解を表明できること、検察官が司法警察の捜査を監督できること、起訴便宜主義が保障されていること、政令第5条において、法定における弁論は自由であるとされていることから、検察官の独立と政府の要請との間で調和が図られているとして、政令第5条は憲法に違反しないと判断されました。

 

この判決は、初めて検察官の独立が憲法上保障されていると確認した点で画期的とされる一方、現実的に検察官の独立を保障するためには不十分だという批判があがりました。

 

そこで、検察官の独立を憲法上より一層強めるべきではないかという議論が高まりました。

 

なお、これまでに何度もフランスは欧州人権裁判所から、フランスでは検察官の独立が守られていないとの批判を受けています。

 

2.憲法及び改正への声

 

【憲法上の規定】

 

検察官の独立性は、フランスでも常に問題になってきました。

政治に絡む事件においては、検察官は常に政権よりだという批判がなされます。

 

そこで、より一層検察官の独立を高めるために、憲法改正が準備されました。残念ながら、黄色いベスト運動をはじめフランス社会の動乱の中で今はこの憲法改正が棚上げされていますが、いずれまた議論の俎上に戻ってくると思われます。

 

この憲法改正は、検察官の任命に関するものです。

 

現在、裁判官と検察官の任命は、憲法上でとおり定められています(憲法65条)。

 

 

裁判官:原則として、司法官高等評議会の裁判官部会の拘束的意見に基づき共和国大統領が任命する。共和国大統領はこの意見に従わなければならない。司法官高等評議会は破毀院(司法最高裁)の裁判官、控訴院院長及び地方裁判所所長については、司法官高等評議会の提案に基づき大統領が任命する。

 

 

検察官司法官高等評議会の検察部会の単純意見を受け、司法大臣が大統領に提案をし、大統領が任命する。この単純意見に大統領は拘束されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司法官高等評議会とは、憲法上設置が定められたもので、司法権の独立の保障者としての大統領を補佐するものとされています。

 

 

 

 

検察官部会については、破毀院(司法最高裁)付き検事長により主宰され、この部会は、さらに、1名のコンセイユ・デタ評定官、1名の弁護士、ならびに第2項に掲げる6名の有識者から構成されるとなっています。ちなみに、「6名の有識者」とは、国会にも司法機構・行政機構にも所属しない6名の資格ある有識者であり、共和国大統領、国民議会(下院)議長、及び元老院(上院)議長がそれぞれ2名任命するとされています。

 

この検察官部会が、検察官の任命について政府に提案をするとともに、検察官の懲戒についても意見を述べることができるとされています。

 

このように、裁判官については、裁判官の任命について行政府の判断がほぼ入らないことに比べ、検察官については、憲法上の組織に意見を出す権限があるという意味において、日本の検察官よりも任命に関し一定の保護がありますが、それでも、条文上自体も、裁判官と異なる扱いがなされています。

 

これを受けて、現在準備されている憲法改正案は、検察官の任命について、司法官高等評議会の任命に関する意見は政府・大統領を拘束することが目指されています。

 

この改正により、検察官の任命に対する行政官の介入を阻止し、検察官の独立をより一層強いものにすることが狙いとなっています。

 

【改正の必要性】

 

このような議論がなさる中、検察官の任命に関し行政の関与が問題になりました。これは、2018年のパリの共和国検事正のフランソワ・モランFrançois Molinの後継者の任命に際してのことです。

この際、通常の手続きに従い、司法官高等評議会の意見聴取の後、司法大臣が3名の候補者名を出したところ、大統領がそのすべてを拒否しました。さらに、この候補者3名は、首相の前で一種の「口頭試問」のようなものを課せられたとのことで、前代未聞だったとのことです。

このようなことが今後もし繰り返されては、結局司法官高等評議会は、大統領が任命するだろうと思われる者のみを候補者として掲げることになり、検察官の独立が侵害されるとして問題になりました。

 

そこで改めて、憲法改正への強い要請が出ることになりました。

 

【検察官の独立を求める、司法官、国会議員、検事正の声】

 

この中で、パリの司法官Benjamin Blanchetがル・モンド紙に寄稿しています。

https://www.lemonde.fr/idees/article/2018/11/21/independance-du-parquet-il-faut-que-soient-definitivement-ecartees-la-suspicion-et-la-controverse_5386543_3232.html

 

現職の司法官からの主張であること自体日本では考えられませんが、検察官の独立を認めること自体、三権分立を基礎とする民主主義の要請であり、(ルソーから来る)一般意志を体現するものとしての法治国家の要請である、とされています。

 

そして、検察官の独立を認めることは、常に政権よりだとの検察官への疑念を払しょくし、何よりも検察官への信頼を取り戻すことになるとともに、民主主義社会が検察官に示さなければならない深い敬意の念を示すことになる、としています。

 

Blanchet司法官は、「政治スキャンダルが生じるたびに、検察官は常に権力の指揮下にあると言われる。このような議論が行われないようにするためにも、司法改革をして、その完全な独立を認めなければならない」と主張しています。

 

そして、憲法院の判決は、「不完全な独立」を認めたに過ぎず、これは法的に何ら意味のないことであり、独立は存在するかしないかであって、その中間は認められないとしています。このような不完全な独立を謳うことにより、憲法院は常に検察官に対して、不公平で政権と癒着しているという疑いを温存すると批判します。

 

Blachet司法官は、検察官の実務においては、司法省から、各検察官に対する文書や通達によって刑事政策が決定されることから、司法省としては、検察官の独立が認められた場合には、このような一般的な指示が無視されるというところにも存在しているだろうと指摘しています。あたかも、かつての領主がその権限の及ぶ範囲で自由に領主裁判権を行使していたかのような状況の再来が懸念されているとします。しかしながら、主権者国民の代表者により制定された法律を検察官が無視することは考えられないとします。

 

そうであるとするならば、私たちの民主主義社会が検察官に対して示さなければならない深い敬意を確認することにより、傷つけられ続けているフランスの司法のイメージと決別する必要があり、そのために、検察官の独立に対して疑いを生じさせないような法を制定する必要があるとしています。

 

検察官の独立に反対をする人は、検察官が、一般意志の表明である法治国家において当然のことである忠実な職務遂行という基本的な検察官の約束を守ることができないと主張するものであり、容認できるものではないとしています。

 

そして最後に、共和国は、どちらを選ぶのかと問いかけをして主張を締めくくります。

 

共和国はどこに身を置くのか?その決定に法的効力を与えることのできる国民の代表者による政府の方針に関する公の議論の上に策定され、かつ、独立した司法官により適用される刑事政策の中か?あるいは法的効力は全く法に及ばない、司法大臣により作成された秘密の文書の中か?

 

また、検察官の独立を強く主張する国会議員は、「検察官の独立が認められた初めてフランスはモンテスキューの国になれる」と主張します。

https://www.lemonde.fr/idees/article/2018/10/04/pour-garantir-l-independance-du-parquet-il-est-urgent-de-reformer-la-constitution_5364315_3232.html

 

検察官自体も、憲法改正の必要性を強く訴えています。

https://www.lemonde.fr/police-justice/article/2018/10/22/les-procureurs-de-la-republique-veulent-clarifier-le-statut-du-parquet_5372832_1653578.html

 

このイニシアティブを取るのは全国検事正協議会です。

同協議会は、検察官の任命に関する憲法改正の早期実現を求めています。検事正たちは、実際に検察官は独立して職務遂行をすることは可能であるが、客観的にも独立していることが必要であると主張しています。

 

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今日本では検察庁法改正が問題になっています。

日本の憲法上、裁判官の独立に検察官の独立まで読み込むのは難しいかも知れません。

 

しかし、検察官の独立を認めることがなぜ重要であるか、ということについての議論自体は参考になるところがあるかも知れません。

検察官も裁判官に準じるものとして、また、政府―法務省の密室の影響の下行われる刑事政策ではなく民主的議論を経た法を独立した検察官が適用することこそ三権分立に適うのではないか、何よりも検察官自体が不公正だとのレッテルを貼られずに職務を遂行することこそ重要なのではないか、フランスの議論は示唆に富む部分があると思います。